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2000年7月4日放送

■子供を亡くす事

最近託児施設で幼児が託児所の経営者から折檻を受けて死亡したという事件が有りました。「無認可」の保育所でした。私は無知で無認可でも「違法」では無い事を始めて知りました。近所の人が物音や泣き声を聞き行政や警察も一度は近付いていながら、一部の母親達もなにかおかしいと気付いていながら、一番可愛い盛りの子どもが死んでしまったのです。やりきれなくて、知人にこの事件をどう思うかメールを送りました。一人は思った通り無回答、もう一人の答えは「そこまでして共働きしなくてはいけない現実があるのでしょうか?」でした。

子どもに手を下したのは、託児所の経営者ですが、もう一歩仕事を進めなかった行政や警察、煩わしいからと知らん顔をしていた人達、この国の制度がことごとく女が働くようには出来ていない事を子育ての間中思い知らされていたにもかかわらず、喉元過ぎれば熱さ忘れるの例えのように子育てが終われば、託児に付いて無関心を決め込んでしまった私のような人間、あるいは保育所が無いのに何故働くの?と平然と言い放つ人たち、そこに罪は無いのでしょうか。

子どもはもう帰りません。直接手を下した人は裁かれます。私の生活は昨日と同じ何も変わらずくり返されます。そんな事を考えながら、家に帰り付くと郵便受けに1冊の本が送られて来ていました。

福岡の梓書院の出版で『春菜のおくりもの』 わが子を亡くした人たちへと副題が付いていました。著者は私の知人で倫理学の研究者波多江伸子さん、そしてこの本の主人公春菜ちゃんの母親である高松真里子さんの共著です。表紙をあけるとつるつるのほっぺにぷくぷくしてくびれた手首の3歳位の女の子写真が目に入ります。この可愛い盛りの女の子が4歳の誕生日を迎えずに悪性の脳腫瘍で亡くなった春菜ちゃんです。

この本は春菜ちゃんの発病から死に至るまで、その後中学校の美術の教師でもあった母親、真里子さんが、脳硬塞による半身マヒ、本の言葉を借りると「これって不運のてんこもりですね」という状況から、「手が動かず、今も時々落ち込みますが、希望を持つ事はできます。だって私生きているんですから。」と言えるようになるまでの軌道が書かれています。実は私は今までこのような個人の死に付いて書かれた本は避けていて、読んだことがありませんでした。その本を読んで私が泣く。それがどんな意味が有るのだろうと疑問だったからです。

しかしこの本を読み始めてすぐにそれが愚かな考えである事に気付きました。春菜ちゃんの闘病の様子だけで無く家族の関係、医療のあり方、人間らしい死に方は、ということまでが、率直な文章で綴られていました。

またターミナルケアなどの専門家で死にまつわる本を何冊も出版している波田江伸子さんが専門家の視点また優しい姉のような視点で家族の心理状態やまた医師や看護婦さん達の患者や家族への対応の事などが添えられています。悲しい事だけれど死がある限り誰もが大切な人との別れがあります。この本は、人を愛する皆に読んでほしいです。

此の本は悲しみを共感するだけでなく、家族を失って絶望の縁からの立ち直りためのケア、グリーフケアの事や、同じような体験をした人達が会等の紹介など、実用書としても読める本です。もう一度本の名前を紹介します。

梓書院発行 高松真里子 波多江伸子著
『春菜のおくりもの』(1500円)です。